MTVには、大学2年終わりの夏休みに始めたインターンから卒業後のフルタイムの雇用まで、合わせて3年ほど勤めました(MTVに就職するきっかけとなった経緯はこちら)。これが私にとって人生初めての仕事だったので、それだけで刺激的でしたが、世界中から抜群のセンスを持つデザイナー達が集まるクリエイティブチームの中で働けるのは、本当に夢のような毎日でした。クリエイティビティに満ち溢れていました。

MTVのクリエイティブチームは、大きくオンエアとオフエアの2つに分けられていて、オンエアは実際テレビで流れるタイトル部分や、番組内で使われるモーション・グラフィックス、つまり「動くデザイン」を担当し、オフエアは、番組のタイトルロゴや、ポスターなどの販促品、タイムズスクエアにある本社ビル1階のMTVグッズストアの商品など、つまり「動かないデザイン」を主に担当します。

私はオフエアのデザイナーとして就職しました。前述の通り最初はインターンだったのですが、インターンとはいえ初日からデザインの仕事をバンバン振り分けられました。

テレビ撮影を終えたタレントが写真を撮る場所として設置した壁アートのデザインを担当。写真は若かりし頃のリンジー・ローハンとジェシカ・アルバ。

最初の週にIkuとともに任されたのが、そのMTVグッズストアのショッピングバッグのデザイン。1年に1回しかデザインを変えないというショッピングバッグ、インターンには少々荷の重いプロジェクトのようにも正直思えました。でもどんな小さな不安でさえも見せるのはご法度なアメリカ、私も自信満々に引き受けました。この頃の自分のデザインは、今見ると恥ずかしくて人に見せたくないようなものもたくさんあるなか、このショッピングバッグのデザインは今でも気に入っているデザインのひとつです。

それまでのショッピングバッグはデザインの凝ったものが多かったので、今回は思い切ってタイポグラフィだけのシンプルなものに。全体を蛍光色にすることによって意外性とインパクト性を出しました。

同僚のデザイナーたちは本当に才能ある人ばかりで、いろんなことを教わりましたし、日々インスパイアを受けました。しかし同時に、デザイナー同士がとてもコンペティティブでもありました。多くのデザイン事務所では、同僚のデザイナー同士はチームであって、競争相手ではありません。しかしMTVでは、よりいいデザインを生み出させるためのクリエイティブディレクターの戦略として、1プロジェクトにつき数名のデザイナーを指名し、それぞれにデザインを提出させ、その中から優れたデザインを選ぶという手法を取っていました。

プライベートでは仲のいいデザイナーたちも、仕事となるとピリピリした距離が生まれますし、はっきりと勝敗のラインができるので、気まずい雰囲気にもなります。同期だけならまだしも、先輩後輩も関係なく競合うので、なおさらです。まだ学生だった私も大きなプロジェクトに参加させてくれるのは本当にありがたくとても刺激的でしたが、それによってストレスフルな環境だったのは間違いありません。私はこの頃、体重が増えて肌も荒れました…

数えきれないほどのTシャツやステーショナリーなどをデザインしました。

参加したプロジェクトの中でも特に大きかったのは、MTVを傘下に持つ、世界で6番目に大きなメディア企業バイアコムのロゴデザインと、露出度としてはそれよりも大きなMTV2のロゴデザインです。バイアコムのロゴは残念ながら選ばれませんでしたが、MTV2のロゴは、ステイシー・ドラモンドと一緒に組んでデザインしたロゴが無事選ばれました。元々は、MTVのロゴに「2」を足しただけのものでしたが、ギリシア神話のオルトロスのような双頭の犬をモチーフにしたロゴに一新しました。

採用されたMTV2のロゴ

たった3年で、デザイナーとして出せるものを絞り出し切ったような気持ちになりました。自分の可能性の限界を超えてデザインをしなければいけないという状況でなければ生まれなかったであろうデザインもたくさんあります。このMTVでの経験が、クリエイターとしての今の自分に大きな影響を与えたのは言うまでもありません。