今年も息子の夏休みを利用して、1ヶ月ほど日本に滞在しました。基本的には愛媛の実家から仕事をし、ミーティングやプレゼン、撮影などがあるときだけ京都オフィスや東京などに出張をしました。弊社のプロジェクトディレクターがプロジェクトを管理&進行するので、アメリカのプロジェクトであろうと日本のプロジェクトであろうと、また私がどこに居ようと、クリエイティブという仕事内容に大差はありません。
けれど、こうして日本に一時帰国する際に、仕事に限らずさまざまな手続きをしたり、また普段リモートでやりとりをしている京都支社のプロジェクトディレクターの話を聞くと、日本には無駄な手続きやルールがあることによく気付かされます。いくつか挙げてみようと思います。
印刷した請求書の郵送
日本でも最近はPDFで送ることが増えてきたそうですが、まだ紙の請求書を郵送しているケースも少なくないと聞きます。私は2003年頃からNYで働いていて、そして自分の請求書は自分で用意してきましたが、紙の請求書を送ってほしいと言われたことは1度もありません。紙や切手、そして送る側も受け取る側も時間の無駄ではありますが、紙への愛着が強い日本人の国民性や、お金というセンシティブなトピックを扱う上での相手への礼儀という日本ならではの文化とも言えます。
契約書
日本で契約書を作成する際は、印刷、テープを使った製本、割印に契印と、とても手間がかかります。アメリカではよほどの契約でない限りすべてデジタルで、サインも画面上で署名したり、DocuSignなどのようなオンラインのサービスで済ませます。
郵送のパスワード
私自身が経験したことで、数年前のことなので未だに行われていることかどうかわからないのですが、オンラインで何かのアカウントを作成した際、パスワードが郵送で送られてきました。オンライン化することで無駄を省いているのに、そのためにまた無駄な紙と印刷と人手間がかかっており、唖然としたことを覚えています。
また、日本滞在中にセブン・ペイの不正利用とそのセキュリティの脆弱性がニュースになっていましたが、その一方で、セキュリティを強化しすぎてユーザビリティが完全に無視されているウェブサイトが多いのも日本。IDにメールアドレスが使えない(別のIDを作成しなければいけない)というのはよくありますし、ログインのIDとパスワード以外に承認用に別のパスワードが必要だったり、パスワードやメールアドレスを変更するには電話のみでの受付だったり…。さらに、電話や窓口とは違うネットならではの利点といえば、ユーザーの時間を選ばないことであるのに、ネットの「ご利用可能時間」が定められているのも日本です。
FAX
アメリカのスミソニアン博物館では、テクノロジーの歴史物として展示されているというファックス。さすがに日本でもその数は減っていますが、まだ使用している会社が少なくないと聞きます。これを聞くと思い出すのが、6年前のNYタイムズの記事「In High-Tech Japan, the Fax Machines Roll On(ハイテク社会の日本で使われ続けるFAX)」。技術の進歩についていけない高齢化社会や、インターネットセキュリティへの不安、そして使い慣れたものに執着するという国民性などが理由として挙げられていますが、それと同時に、手書きの文字にある人間的な温かさを求めるのも日本の文化だとも言われています。
名刺
ニューヨークで仕事をしていると、名刺を交換するということが滅多になく、最後に渡したのがいつかも思い出せないほど。でも日本にいる間は信じられないほどの量の名刺を交換します。職業上、個人的には名刺は好きで、会話のきっかけにもなるのでこの習慣は嫌いではありません。日本独特の名刺交換の「儀式」も外国人には新鮮に映るのでよく話題にのぼりますが、日本ならではの礼儀正しい美しい習わしだと思います。ただ、癖のような感じでむやみに誰でも名刺交換している印象も否めなく、もう少し1つ1つの交換が特別なものになるといいなと思うのです。
この他、未だに私はシステムがよくわからない領収書などに貼る収入印紙、そしてそもそもその領収書(アメリカではレシートのみで、そのレシートも紙ではなくデジタルで貰うことが多くなりました。)、さらには通帳や印鑑なども不便で合理的ではないと思うのですが、ここまでいくときりがありません。役所や銀行などに直接行かなければ済まない事柄もあまりに多すぎます。
理解しがたいものがたくさんあり、小さいことかもしれませんが、これらが簡易化、デジタル化されることで、働きすぎの日本人の労働時間も少しは短縮されると思うのです。でもそれらの多くは、前述の通り相手を思いやる礼儀正しい日本の文化や、もの(紙)に愛着心をもつ国民性が故でもあるわけで、一見無駄と思われることを大事に続けていくのも、日本の大事な文化なのかもしれません。