左:コテージのアウトルックキャビン 右:敷地内のサイネージ

今日紹介するブランディング・プロジェクトは、福岡県飯塚市に今年4月オープンしたリゾート施設「The Retreat(ザ・リトリート) 」です。

場所は、市内にある県営公園、筑豊緑地に隣接する庄内温泉筑豊ハイツ跡地。庄内温泉筑豊ハイツは昭和48年に開業した宿泊施設で、スポーツ合宿や研修等に多く利用されていましが、施設の老朽化や利用者ニーズの多様化に対応できず再整備が決定、そして2019年に46年の歴史に幕を閉じました。新施設開発事業として飯塚市が委託したクライアントからのご依頼で、企画構想フェーズから携わらせていただきました。

左:エアストリームのコンフォートRV 右:テントのジャーニーテントとサイネージ

飯塚市がある筑豊地区は、かつての日本の主要な石炭の産地として栄えた炭鉱地帯でした。エネルギー革命などによって炭鉱が閉山したあとは人口は著しく減少し、少子高齢化の進行が問題となって久しい状況です。経営者の方からお話を伺う中で、この地区に対してあまり良いイメージを持っていない人が近隣エリアに多いと危惧されていることを知りました。この新施設をデスティネーションとして位置付けるのと同時に、飯塚市全体のイメージをクリーンかつポジティブに向上させ、それに伴う市内観光資源の回遊ネットワークを形成させることが課題となりました。

その課題を解決する上で、筑豊ハイツ跡地はこれ以上なく最適な立地にありました。隣接する筑豊緑地は、身体的及び精神的な健康を目指すために総合的に満足させる施設を備えた公園「ウェルネスパーク」として建設省(現:国土交通省)に指定された公園です。園内にあるテニスコートは、1985年より国際車いすテニス大会(ジャパンオープン)の会場となっており、障害者への理解や教育の高さが伺えます。この素晴らしい環境を味方にデザイン戦略を進めるべきであることは明瞭でした。

食事の提案もさせていただきました。

これら課題とユニークな立地が見事に一致したため、今回はブランディングのプロセスを少し変え、まず最初に基盤となる全体のコンセプトを設定しました。コンセプトに選んだのが、「Retreat」。簡単に言うと「転地療法」です。日常生活や社会生活から物理的そして精神的に一旦距離を置き、自分自身と向き合ったり身体を動かしたりして心身のバランスを取り戻すための合宿旅行のことを指します。ストレスの多い現代人の休暇のいちオプションとして選ばれるようになって久しいウェルネス・リトリートは、ウェルネスを提唱する筑豊緑地に隣接する宿泊施設として最適な位置付けだと思いました。スポーツを軸とした手軽に行けるリトリートとして機能させ、国内外から人々が心身をリセットしに来る場所として確立させることを基盤として進めることに決定しました。

左:ジャーニーテント 右:ロゴマーク入りのマグカップ。キオスクでオリジナルグッズを販売しています。

とはいえ、自然の中にどっぷり浸かる環境が多い一般的なリトリートに比べ、筑豊緑地はあくまで公園。それでも周りの自然をより味わってもらうため、そしてウェルネスをより高角度で感じてもらうため、リトリートというコンセプトの延長線上としてグランピングという形態をとりました。利便性の高い立地であることは強みであるものの、息を飲むような絶景や神秘的な大自然などがあるわけではなかったので、スポーツ&ウェルネス・リトリートという新しいライフスタイルを提案し、アウトプットに力をいれることが重要であると考えました。

ターゲットには、19〜35歳の若い層を。日本人はもちろんのこと、場所柄を考えて韓国、台湾、中国からの若年層もセカンダリーとして設定。それぞれのデモグラフィクス(統計上の属性)とサイコグラフィクス(心理的属性)や、使用するSNSなど、様々な角度から捉えました。コンテンツは日本語・英語の両方を作成しましたが、例えばブランド・ストーリーは、日本人の心に届くメッセージと、それ以外の人たちの心に届くメッセージは違うため、そのまま英語に訳すのではなく、別物として考えて作成しています。

左:ホテル棟エントランス 右:ホテルルームのテラス

ブランドDNAの完成後、つまりブランドの本質を概念化し基盤が出来上がったあと、ビジュアル・アイデンティティに着手。ターゲット層を意識した若々しさのあるロゴで、またスポーツ・リトリートということでイタリックフォントを使用し、静止ではなく前へ進み動く印象を持たせています。ロゴマークには、それだけで自然やグランピングといった要素が伝わるものを用意しました。

こちらが制作したイメージムービーです

長い準備期間を終え、予定通りオープンまであと1ヶ月と迫ったなか、新型コロナウイルスが世界的に感染拡大。最初の数ヶ月は仮オープンとし、7月よりようやく通常営業が開始されました。現場のスタッフの方々もこの未曾有の状況で本当に大変だったことと思います。

新型コロナの影響により、言うまでもなくインバウンドのターゲット層はほぼ皆無となってしまいましたが、グランピングという性質上、この状況下でも安心して宿泊できるということで予想以上に家族連れが多いそうです。プライマリーに設定していた若い層も多く、インスタグラムでタグ付してくださっている方を拝見すると、まさにペルソナとして設定していた通りのような方々が見られ、目一杯楽しまれている様子が伝わってきて、こちらまで心身リフレッシュできそうです。Go To トラベルキャンペーンも始まったことで、特に人気のテント、エアストリーム、キャビンに関しては週末は年内予約満室となっており、売り上げも目標より20%上回るという嬉しいニュースもいただきました。

この先少なくとも数年はコロナと共存していくというホテル業界にとっては厳しい状況ですが、強みを活かして皆さんに愛されるリトリート地として応援していきたいと思っています。

The Retreat(ザ・リトリート)