「おかし作りを始めたきっかけと、パートブリゼ黄金比レシピ」で、私がお菓子作りをはじめたきっかけと、最初に何百回と焼き続けて完成させたパートブリゼ生地について紹介し、そのパートブリゼを使ったタルトレシピもいくつか紹介してきました。
そしてタルトが納得のいく出来に仕上がってから自然な流れで作り始めたのがアメリカン・パイでした。フレンチタルトは繊細さが求められるのとは対照に、アメリカのパイといえば家庭的なお菓子。生地に対するフィリングの割合もタルトとパイでは異なり、薄く使うタルト生地を、厚みを持たせて作るパイにそのまま使うと、硬くなりすぎました。バターの風味はちゃんと残しつつも、よりホロホロっとした食感を求め、試行錯誤を重ねました。
そしてこの私が作るパイが、去年のホリデーシーズンにDean&Deluca Japanで発売されました。今日はこのパイ生地を作り上げるまでの過程とレシピを紹介しようと思います。
小麦粉
まずは小麦粉。タルトでは、多くのお菓子と同様にペイストリーフラワー(日本の薄力粉に近い)を使っていますが、アメリカのパイはオールパーパスフラワー(中力粉に近い)が基本。オールパーパスフラワーを使わずしてアメリカのパイのテクスチャーは出せません。けれどペイストリーフラワーと比べてオールパーパスフラワーはグルテンが出やすく、つまり硬い仕上がりになってしまいます。そこで、いかにグルテンを抑えるかがポイントとなりました。グルテンは、小麦粉に水分を加えて練るときに発生するので、水分をできるだけ減らす必要がありました。が、液体量が少なすぎると、のばすときに割れやすくなってしまいます。
液体の分量は保ちつつ、水分量を減らす。無理を言ってるように聞こえますが、この解決法を、パイ作りを何十年もやっている知り合いから教えてもらいました。
ウォッカ
ウォッカです。ウォッカは、約40%がアルコールで、60%が水。つまり、同じ液体量のウォッカを使っても、水分はその6割で済むのです。アルコールは小麦粉と混ざってもグルテンを発生させませんが、液体ではあるので、生地をまとめるという役割はちゃんと果たします。そしてパイを焼くときにアルコールは飛ぶので、子供が食べても大丈夫。もちろん他のスピリッツでも同じ働きをしますが、ウォッカが最も無味無臭なので、一番向いています。
アメリカではこの方法を知っている人が多く、アメリカの有名料理雑誌、Cook’s Illustratedでも大々的に取り上げられています。私に教えてくれた知人も、彼女の母親から教わった方法なんだそう。
そしてアメリカンパイ生地のテクスチャーで大事なのが、前述のホロホロ感。パートブリゼはサクサク感はばっちりですがホロホロ感はありません。バターだけで作ると、どうしてもこのホロホロ感が出せないのです。
ショートニング
そこで必要となるのがショートニングです。美味しい風味を出すのにバターは必要不可欠ですが、それと同じように、アメリカンパイの食感を出すのにショートニングは必要不可欠です。大事なのはこの2つのバランスで、これも何度も比率を変えて試したところ、バター:ショートニング=5:3が最も理想的な比率という私なりの結果が出ました。
なお、ショートニングといえばトランス脂肪酸=身体に悪い、というイメージを持っている方も多いと思います。確かにトランス脂肪酸は心臓疾患などのリスクを高める、健康の大敵。けれども、現在アメリカで販売されているショートニングにはトランス脂肪酸は含まれていません。一番流通している大手Criscoのものでさえ、10年以上も前からトランス脂肪酸を使わないショートニングに切り替えています。正確には微量のトランス脂肪酸が含まれていますが、「0グラムと表記していい量」と米食品医薬品局が定める分量しか含まれていません。
さらに便利なことに、バターと違ってショートニングには水分がないため、グルテンをより抑えるという役割もあります。
上生地
タルトとパイの大きな違いといえば、上生地。もちろん例外もありますが、基本的にはフィリングを上下の生地で包むように焼くのがパイ。ラティス状などの模様を美しく見せるのもパイの大事な要素であり、そのために生地を寝かせる時間や、生地の扱い方にも注意を重ねています。
こうして、アメリカンパイ生地の黄金比レシピが出来上がったのです。
今日は生地レシピだけを紹介し、また近いうちにアップルパイや他のフルーツパイ、ピーカンパイなど様々なパイのレシピを紹介したいと思っています。
なお、標準的なアメリカンパイは9インチ(約23cm)ですが、これはかなりの量。3人家族の我が家で作るのはもっぱら6.5インチ(約16cm)なので、この分量のレシピで記載します。
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[Photos and styling by Hitomi Watanabe Deluca]